旭川家庭裁判所 昭和56年(家)249号 審判 1984年4月18日
申立人 斎藤治三郎
相手方 斎藤美佳
主文
相手方を被相続人亡斎藤哲男の推定相続人たる地位から廃除する。
理由
第一申立ての要旨
申立人は主文同旨の審判を求め、その理由の要旨は、「申立人は被相続人亡斎藤哲男(以下「被相続人と略記する。)の遺言執行者である。相手方は被相続人の養子で遺留分を有する推定相続人であるところ、相手方は、被相続人の妻であつた母斎藤晴子(以下晴子と略記する。)とともに被相続人の財産を度々持ち出したほか、母晴子と被相続人の離婚の際にも被相続人の財産を勝手に持ち出した。相手方は、被相続人と母晴子の離婚後、被相続人からの面会要求に応ぜず、その住所や通学中の学校名も教えようとはしなかつた。また相手方は、被相続人からの養子離縁に応じようとせず、度々被相続人に対し金銭の無心をした。そのような事情のため、被相続人は公正証書遺言を作成し、相手方を推定相続人たることを廃除する旨および申立人を遺言執行者に選任する旨遺言し、昭和五六年三月一九日死亡したため、同遺言は効力を生じたので申立人はその遺言を執行するため本申立てをするに及んだ。」というにある。
第二当裁判所の判断
1 本件記録添付の戸籍謄本、公正証書謄本、家庭裁判所調査官の調査報告書、取寄せ記録、並びに本件記録中の一切の証拠資料によれば、次のとおりの事実が認められる。
(1) 相手方(昭和三八年一二月四日生)は、被相続人の養子で現に遺留分を有する推定相続人である。相手方は母晴子と同女の先夫との間に出生したが、父母の離婚後、母晴子が被相続人と昭和五〇年八月二日婚姻した際、親権者である母晴子の代諾によつて被相続人と養子縁組した。被相続人と相手方の母晴子は、昭和五四年一一月六日協議離婚し、母晴子が相手方の親権者として指定された。
(2) 被相続人は医師であり、昭和三八年ころから深川市内に居住し同市内で病院を経営していたもので、昭和五〇年七月一日先妻と離婚し、晴子と婚姻したものである。婚姻後の生活は、晴子と相手方母子が札幌に居住することを望み、同女らが札幌市内に居住したため、被相続人と晴子ら母子が同居したことはなかつた。
(3) 被相続人と晴子は、同女に不貞があるとの疑惑から不和となり、協議離婚に至つた。この離婚届は、被相続人が昭和五四年一〇月ころ、晴子から同女の署名のある離婚届を預り、同年一一月六日届出をなしたものであるが、この届出をなす前である同月二日被相続人が晴子と相手方の居住先を訪れたときには、晴子と相手方はすでに他に転居しており、その行方は全く不明であつた。その後、被相続人は興信所を使つたり、相手方の通う学校に照会したりするなどして、晴子と相手方の行方を捜索したり、相手方と会おうと試みたが、昭和五五年春ころになつて同女らが東京にいることが判明した程度で、結局同年一二月ころまで同女らの居所を知ることができなかつたし、その間後記養育費請求の調停中に一度相手方と会つた以外は相手方と会うことができなかつた。
晴子と相手方は、離婚後札幌市内に居住し、昭和五五年三月東京都内に転居し相手方も転校したが、被相続人にはその所在や相手方の通う学校名も知らせず、相手方は被相続人と会おうとしなかつた。
(4) 被相続人は、このような相手方に対し、次第に離縁を考えるようになつていたところ、昭和五五年八月一三日、晴子から被相続人に対し、相手方の養育費として、月額二二万円の支払いを求める調停が申立てられた。この調停においても、晴子は裁判所に対し被相続人にその居所を知らせないよう強く希望したため、被相続人は相手方の居所を知ることができなかつた。
この調停の経過は、第一回期日(昭和五五年八月二八日)において、被相続人は、相手方の住所・在校名を教えることと相手方との面接を拒否しないことなどを主張するとともに相手方の養育料を負担する意向を示し、さらに第二回期日(同年九月二六日)において、被相続人は、相手方と直接面接したうえ負担すべき金額等について話し合う旨を希望し、第四回期日(同年一一月一三日)において、被相続人は相手方と面接したが、離縁を検討中である旨表明し、その後調停は進展しないまま、昭和五六年五月取下げられた。
(5) 被相続人は、昭和五五年一二月一日肝臓癌で入院し、一時退院したが、昭和五六年二月一三日再度入院し、同年三月一九日死亡したものであるが、その間同年一月二七日養子離縁の調停申立てをなし、同年二月二三日公正証書により、申立の実情記載のとおりの遺言をなした。
2 ところで、推定相続人廃除の制度は、特定相続人に被相続人と推定相続人との間のいわゆる相続的協同関係を害すると評価されるような重大な非行がある場合、当該推定相続人の相続権を剥奪し、被相続人の自由意思に基づく私有財産の処分の尊重に資するのを目的とした制度であるが、被相続人と推定相続人との間の相続的共同関係が養親子関係に基づく場合には、養親子関係に至つた経続、養親子間の生活の実情、養親子関係の破綻の状況程度と破綻に至つた原因などの事情を斟酌考量したうえで、法定の廃除原因に該当するか否かの判断がなされるべきである。
そこで、本件について前示認定事実に照らして検討すると、被相続人と相手方の養子縁組は、被相続人と晴子の婚姻を円滑にするためになされたものであり、このような養子縁組は親の婚姻解消の際にあわせて解消されるのが通例であるところ、これが離婚の際解消されないで存続したものであるが、約四年余と短かつた被相続人と晴子の婚姻期間中の被相続人と相手方の生活は、晴子ら母子の希望により別居生活に終始し、同居生活が全くなかつたもので、親子としての結びつきがそもそも稀薄なものであつたところ、被相続人と晴子間の不和が原因で離婚に至つた後、相手方において被相続人に対しその居所や通学する学校を一切秘匿するなど同人を避ける挙措に出たため、その親子関係の実態がますます形骸化し、これにともなつて被相続人の相手方への感情も離婚当初から次第に冷却していき離縁を決意することとなり、ひいては養親子関係を継続していくことを要求することが極めて困難な状態、すなわち養子縁組を継続し難い重大な事由が存すると認められるような事態となつたものというべきであり、かかる事態に至つた専らの原因は相手方の被相続人に対する前示挙措にあり、相手方が未成年者で母晴子の親権に服し、同女と行動をともにしていたとはいえ、すでに満一六歳に達し高校生でもあつて社会生活を送るうえでの一応の分別もあると認められる程度に成長していたことに鑑みると、相手方はその責を免れないものと言わなければならない。そして、これを相続関係の側面から見るならば、推定相続人である相手方に相続的協同関係と目される家族的生活関係を破壊するような重大な非行があつたときにあたるというべきである。
相手方は、被相続人に被害妄想的な行動があつたため同人を避けていた旨と、被相続人の死亡直前晴子とともに入院先に赴いて被相続人を見舞つた旨陳述するが、一件資料に照らして、被相続人に相手方主張にそう事跡があつたとは認め難いし、被相続人の死亡直前の相手方の行動を斟酌したとしても右認定を左右することはできない。
3 よつて、申立人の本件申立は理由があるからこれを認容することとし、参与員○○○○、同○○○○の意見を聴いたうえ主文の通り審判する。
(家事審判官 伊藤紘基)